浦和地方裁判所 平成6年(ヨ)103号 決定
東京都江戸川区〈以下省略〉
債権者
株式会社河内屋
右代表者代表取締役
A
右代理人弁護士
鈴木俊光
同
椎名啓一
外7名
埼玉県大宮市〈以下省略〉
債務者
資生堂東関東販売株式会社
右代表者代表取締役
B
右代理人弁護士
石井成一
同
桜井修平
外6名
主文
債権者の申立てをいずれも却下する。
理由
第一当事者が求めた裁判
一 債権者
1 債権者が債務者に対し、別紙目録記載1の契約内容に従って同目録記載2の化粧品及び食品などの供給を受ける権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は、債権者に対し、別紙注文一覧表①ないし④記載の種類、数量の商品を仮に引き渡せ。
3 債務者は、債権者に対し、金455万4639円を仮に支払え。
二 債務者
主文同旨。
第二申立ての理由
一 被保全権利
1 当事者
(一) 債権者は、化粧品の販売などを業とする株式会社である。
(二) 債務者及び申立外資生堂東京販売株式会社(以下「東京販売」という。)は、同株式会社資生堂(以下「資生堂」という。)が製造した化粧品及び食品などを販売する株式会社である。
2 基本契約に基づく継続的取引関係
(一) 債権者の代表取締役である申立外A及び東京販売は、昭和38年ころ、右Aが東京販売から継続的に資生堂の化粧品の供給を受ける契約を締結した。
その後、債権者が設立されて右契約を承継し、債権者は東京販売又は債務者との間に、債権者の各店舗を資生堂の製品の代表販売店とする契約(資生堂チェインストア契約、資生堂コスメニティ契約、資生堂食品取引契約の三つの契約。以下これらを合わせて「基本契約」という。)を締結した。
(二) 債権者の各店舗は、この基本契約によって資生堂のいわゆるチェーンストアとされ、商品、顧客管理を求められる反面、債務者から貸与された端末機器などを用いて商品を継続的に発注することができ、仕入高に応じてリベートを受けるなどしている。
こうして、債権者及び債務者は相互に依存し、債権者は、止むを得ない事由がないかぎり、債務者から取引を一方的に終了させられないという期待を有している。
3 本件解除
(一) 債務者は、債権者に対し、平成5年7月20日、千葉県内にある債権者のメイク浦安店など4店(以下「本件各店舗」という。)の店舗ごとに締結している基本契約をそれぞれ解除する旨を通知し(本件解除)、資生堂の化粧品及び食品の供給を停止した。
(二) しかし、以下の事情に鑑みると、本件解除は理由がなく、無効である。
(1) 債権者は、基本契約に何ら違反しておらず、債務者も、本件解除の解除原因やその根拠を明らかにしていない。
なお、基本契約は債権者が資生堂の化粧品を販売する際に消費者と対面し、必要な説明をして直接販売すること(いわゆる対面説明販売)を要求しておらず、これを行わないいわゆる卸売販売は禁じられていないと解すべきであるが、債権者は本件各店舗でそのような卸売販売を企図していない。
(2) 債権者は、債務者との間に長年の取引によって信頼関係を築いている。
なお、債権者は、東京販売に対し、平成5年6月、割引販売の開始に伴って発注を大幅に増加したが、東京販売は出荷を制限せずにこれに応じていた。
(3) 債権者は、債務者への支払いを怠ったことはなく、その支払能力に問題はない。
(4) 債権者は、債務者との取引が継続されるという前提で、多額の資本投下をしている。
(三) また、債務者による本件解除、資生堂の製品供給の停止は、資生堂の製品の再販売価格を維持しようとするために小売店を違法に拘束するもので独占禁止法に違反し、公序良俗に反するから、無効である。
(1) 債務者は、債権者に対し、平成5年3月以降、資生堂の製品の割引販売を止めるよう再三要求し、債務者及び資生堂は、債権者が割引販売を止めることの代替措置として1億2000万円を供与することまで申し出た。
しかし、債権者がこれに応じなかったため、債務者は、本件解除を行ったのである。
(2) また、債務者は、債権者が資生堂の製品を安く供給することを阻止するために、資生堂の指示に基づいて、本件解除やその後の資生堂の製品供給の停止を行ったのであり、これは独占禁止法に違反する不当な取引拒絶である。
4 商品引渡し及びリベートの支払いの懈怠
(一) 債権者は、債務者に対し、平成5年7月20、21日に化粧品を、同月22日に食品(飲料「アペリオ」)を発注したが、債務者は、別紙注文一覧表①ないし④のとおり、その納品を怠っている。
(二) また、債権者は、債務者に対し、同年5月21日から同年7月20日までの仕入高に応じ、金455万4639円のリベート支払請求権を有している。
二 保全の必要性
1 債権者は、約30年間、資生堂の製品を販売し、多くの顧客を得ており、その売上に対して資生堂の製品が占める割合は、債権者の平成5年3月期までの営業年度において約28パーセントであり、同年4月ないし7月には27パーセントから44パーセントに上っていた。
ところが、本件解除の結果、債権者は、債務者の他から資生堂の製品を仕入れることができなくなり、平成5年9月以降、本件各店舗に資生堂の製品が殆どなくなってしまった。
こうして、債権者は、顧客を急速に失い、平成5年9月以降、得べかりし売上の約30パーセントを喪失している。
また、その他の化粧品メーカーも資生堂に追随して、債権者に対する製品の供給を制限ないし停止したため、債権者は、存亡の危機に立たされている。
2 債権者は、平成5年7月27日、本件解除が独占禁止法に違反するとして被害申告をした。
しかし、公正取引委員会が、排除措置を命ずるまでにはなお日時を要するし、仮にそれが命じられても資生堂が直ちに服するかは疑問がある。
三 よって、債権者は、債務者に対し、
1 本件契約にしたがい、債務者から別紙目録記載2の化粧品及び食品などの供給を受ける権利を有する地位にあることを仮に定めること、
2 同注文一覧表①ないし④記載の種類、数量の商品を仮に引き渡すこと、
3 金455万4639円を仮に支払うこと
を求める。
第三債務者の認否及び反論
一 第二・一(被保全権利)について
1 1(当事者)の事実は認める。
2 2(基本契約に基づく継続的取引関係)
(一) (一)及び(二)の前段(従前の取引関係)の各事実は認め、(二)の後段の主張(取引の継続の期待)は争う。
(二) なお、基本契約は、本件各店舗別になされたとはいえ、その当事者は債権者及び債務者であり、本件各店舗のそれぞれの店長が個人的に契約を締結したわけではない。
したがって、基本契約を継続するか否かは、本件各店舗を通じ一括して決すべきものである。
3 3(本件解除)
(一) (一)(本件解除及び資生堂製品の供給停止)の事実は認め、(二)(本件解除の無効)の主張は争う。
(1) 債務者は、基本契約の約定に基づいて本件解除の意思表示をしたのであり、この意思表示に理由を付する必要はない。
(2) また、債務者は、債権者に対し、平成5年8月5日、30日前の予告に代えてその得べかりし一年間の利益に相当する補償金410万円を支払っている。
仮にこの補償金の支払いが無効であるとしても、本件解除の意思表示の日から30日を経過した時に、解除の効果が生じている。
(二) そして、本件解除には、以下のような止むを得ない理由がある。
(1) 債務者は、営業の自由を有しており、資生堂の製品に対する信用や名声を維持するため、小売店を選択し、そこでの販売の態様について協力を求めることができる。
債権者は、債務者に対し、基本契約によって卸売行為をしないことを約束していたのに、平成5年5月22日以降、これに違反して、卸売行為を意図的に遂行したうえ、対面説明販売の義務を意図的に怠った。
(2) この結果、債務者と債権者の間の信頼関係は損なわれ、もはや回復困難である。
(3) 債権者は、平成3年以降、資金繰りが悪化しており、平成4年以降は粉飾決算によって赤字を隠蔽してきた。前記卸売行為はこうした状況を打開しようとしたものである。
しかし、債権者には見るべき資産もなく、その負債総額は約1億5000万円にのぼり、売上が予定より低ければ、たちまち支払不能になってしまう。
(三) (三)(本件解除の独占禁止法違反)の事実は否認し、その主張は争う。
(1) 本件解除は、前記(三)の債権者の重大な契約違反、信頼関係の破壊、信用不安を理由にして行ったもので、債権者が資生堂の製品を安売りしたことによるものではない。
また、債務者又は資生堂が、債権者に対し、割引販売の中止を求め、その代替措置として1億2000万円を供与することを申し出るようなことはあり得ない。
(2) 債務者が、債権者に対し、基本契約により対面説明販売を求めたことは、資生堂の製品に対する信用や名声を維持し、高揚させるために合理性があるから、独占禁止法に違反しない。
(四) いずれにしても、基本契約は、その期間が一年間であるから、平成6年3月末日、期間の満了により終了している。
4 4(商品引渡し及びリベートの支払いの懈怠)
(一) (一)(飲料「アペリオ」の供給停止)の事実は認め、その主張は争う。
債務者は、債権考の製品供給の申込みに対する承諾をしていない。
(二) (二)(リベートの不払い)の事実は否認し、その主張は争う。
二 同二(保全の必要性)について
1 1 (債権者の経営危機)の事実は不知。その主張は争う。
2 (公正取引委員会に対する被害申告)の事実は認め、その主張は争う。
2 債権者は、本件解約から約7か月も経過した平成6年2月28日に本件申立てをしており、さらに、同年8月には、本件に関する決定が同年10月1日以降になされることを希望している。
このような態度からすると、本件について保全の必要性があるとは考えられない。
3 また、債権者は、東京地裁において、本件とほぼ同じ内容の東京販売に対する仮処分を申し立てていたが(東京地裁平成6年(ヨ)第1125号)、平成6年8月4日、これを取り下げた。
これは、東京都内の四つの店舗が、資生堂の製品の供給を受けなくても維持できることを自認したものであり、これより取引高の少ない本件各店舗に関する保全命令の必要性がないことを示すものである。
三 同三の主張は争う。
本件のような、将来の商品の供給を求めることを目的とした仮処分の申立ては、仮にそれが認められても強制執行ができないのであるから、無意味である。
第四当裁判所の判断
一 第二・一1(当事者)、2(一)及び(二)の前段(基本契約の締結と従前の取引関係)、3(一)(本件解除及び資生堂製品の供給停止)の各事実は、当事者間に争いがない。
二 本件解除の効力
1 一件記録によれば債務者が基本契約を解除した経緯はおおよそ次のとおりであり、これに反する各当事者の主張はいずれも直ちに採用することはできない。
(一) 債権者は、資生堂のいわゆるチェーンストアとして、その製品の小売りを行うことを前提とした基本契約を、債務者との間に締結している。
そして、卸売行為の禁止は、従来の資生堂及び債務者の販売方針からみても当然のことと考えられていた。
(二) 債権者は、かねてから、基本契約による卸売行為の禁止や対面説明販売の要求が、再販売価格を不当に高く維持するためのもので、独占禁止法に違反しているとの不満を有していた。
債権者は、平成5年3月、資生堂の化粧品及び食品を安売りすることを計画し、全国に多数の「フランチャイジー」と称する小売店を設け、そこに、債権者が債務者から仕入れた資生堂の化粧品を卸売する旨の構想を、次いで、同年5月、酒や生鮮食品の安売り店などに資生堂の化粧品を供給する旨の構想をそれぞれ発表した。
(三) 債権者は、同月以降、本件各店舗で債務者から仕入れた資生堂の化粧品又は食品を、対面説明販売を行わずに、メーカー希望小売り価格の約70パーセントという思い切った安値で販売し、売上げを飛躍的に増大させた。
さらに、その際、段ボール箱やビニール袋に入ったままの多数の化粧品をまとめ買いする客にも販売し、卸売行為を反復、継続して行った。
さらに、このような販売の実態が債務者に知られることを避けるため、帳簿類を改ざんするなどしている。
(四) 以上のとおり、債権者の平成5年5月22日以降の販売の実態は、債務者が基本契約に基づいて要求している販売形態と余りにもかけ離れており、しかも、それを意図的かつ組織的に行っている。
2 ところで、本件の基本契約は、債権者と債務者の間の信頼関係を基礎として成立しており、その性質上、相当期間継続して取引きをすることを予定しているものである。
したがって、債権者がその条項に違反した場合でも、それが背信的行為と認めるに足りない特別な事情があれば、債務者は解除権を行使できないと解すべきである。
しかし、前記のとおり、債権者が基本契約に違反した態様は意図的かつ組織的で、この結果、債務者と債権者の間の信頼関係は完全に破壊されている。
3 なお、債権者は、本件解除が資生堂の製品の再販売価格を維持しようとしたもので、独占禁止法又は公序良俗に違反している旨をるる述べている。
もとより、消費者が対面説明販売を必要とせず、割引価格で購入を希望している場合に、これを規制すべき充分な根拠はなく、また、資生堂又は債務者が希望しない形態の小売店が存在するからといって、そのことによって資生堂の製品に対する評価が直ちに低くなるとは考えられない。
したがって、債務者が、小売店に対し、対面説明販売の義務の履行を求める態様によっては、独占禁止法の禁止に違反する疑いを必ずしも否定できないところである。
しかし、債務者が本件解除に至ったのは、前記のような債権者の販売形態に対抗するためであり、安売り行為の規制を意図したものであったと直ちに認めることはできない。
したがって、本件解除が独占禁止法又は公序良俗に違反している旨の疎明は不充分であり、本件解除が直ちに無効であると認めるに足りる疎明はないというべきである。
三 同4(本件解除後の債務者の義務違反)について
本件解除が有効であるとすると、債務者は、その後の債権者からの製品供給の申込みに応ずる義務はなく、また、債権者が基本契約に違反した後の仕入れに対するリベートを支払う義務を負わないというべきである。
第五結論
以上によれば、債務者による基本契約の解除が無効であるとか、債務者による資生堂製品の供給停止やリベートの支払拒絶が違法であると一応認めるに足りる疎明はない。
二 よってその他の点を判断するまでもなく、債権者の主張は理由がないから、主文のとおり決定する。
(裁判官 榎本恒男)
(別紙省略)